<イメージパース>  施主と出来上がりのイメージを一致させるのは難しい。打ち合わせ時には丸太梁と掘りコタツがあった。
ムクのリフォーム部材
壁面材はリフォーム用ムク部材”ハリウッド”(個人的にはあまり好きなネーミングではない)を使っている。両面テープと接着剤併用で作業性は大変良い。コストは少し張るが工期短縮が魅力だ。板の厚さが6ミリと薄いので壁と枠材の納まりが非常に良い。下地も石膏ボードやモルタル下地、ビニールクロスでも可。ただしビニールクロスは表面処理が施してあるので、クロスの化粧面を剥いた方が安全だと現場で判断した。標準仕上げでは植物性オイルを塗布してあるので着色仕上げにする場合、事前に無塗装出荷の旨を申し出る必要がある。

 (株)銘静 054−238−0707
     

▼   ▼   ▼  広報コバヤシ (2003.09.16号)▼   ▼   ▼ 

☆民芸調リフォーム
<”不便解消”から”趣味を活かす”へ>
 
藤枝市内のSさんは小民具などを骨董市で買い求め室内に飾るのが最近のお気に入りのようである。いままでのフローリングのリビングを上がり座敷に改造してほしいという依頼を受けた。6帖あるスペースに15センチほどの段差を設け、9枚、4畳半分の半帖たたみを市松に敷き込んだ。座敷犬がいるため畳おもては耐久性のある和紙のものを使っている。ただし新畳特有のイグサの青々しい香りは残念ながらない。畳の香りがするスプレーがあればいいなと思ったが、所詮スプレーはスプレーであるので深く考えるのはやめた。部屋の両サイド床には巾45センチずつほどのカエデむく板の板床をつけ、片方は家具スペース、もう片方は掃き出し窓の縁(えん)。家具スペースには袖壁をつけ、飾りの格子建具をはめ込み、座敷スペースを囲む壁には松の腰壁を張った。柱、上がり框(框)などの内法(うちのり)材は桧(ひのき)としている。コストを抑えるため既存の壁クロスはそのまま残すことにした。作り手と施主方には往々にしてすれ違いが生じるものだが、そもそもフローリングの床のままでも生活に不便はなかったはずだ。ほとんどが付加価値ベースの話で、要するに施主にしてみれば、こうしたらこの家具が活きるな、とか、今度あのタペストリーを買ってこようとか、楽しみの範囲でリーフォームするというケースもあり得るということで、それならばと、作り手も一緒になって盛り上がり、悪乗りしたが出来てみれば結果がすごく良かったという今回のケース。
<ヒノキ信仰健在なり>

作り手のヒノキに対する信仰ともいえる思い入れはいまだに強く、なぜか特別である。内装の着色については大正ロマン風に柱、腰壁、床などをかなり濃い色にしたわけだが、本当は古民家再生K邸で杉山さんがやったようにベンガラと木酢鉄液を重ね塗りし、古色の深い色合いを再現したかった。しかし短期工事のリフォームではあのアクの強い匂いが飛ぶ期間がないため、断念した。(くさいくさいと自分が評したため、杉山さんが気を悪くしたというおまけもある。)実際の今回工事では和信化学工業のアンカーステインを使った。現在の環境基準をクリアーした室内用着色塗料である。
ホルムアルデヒド放散等級は表示によればF☆☆☆☆。(もしかするとこの表示、文字化けしたかもしれない。)
話題が飛ぶが今回の建築基準法改正に伴い、等級表示が義務付けられたが、なぜ星マークなのか?インターネット上で文字化けしそうであるし、これは絵文字ではないのか?担当の官僚が外国レストランの等級表示にいかれていたのか、それとも漢字が嫌いだったのか、あるいは今流行のユニバーサルデザインなのか。どちらにしてもえらく子供っぽく感じられてしまった。いや、まて。凸凹(でこぼこ)というのも漢字であるぐらいだから、☆(星)も漢字なのかもしれない。このいきさつについてはまた調査してみようと思う。

さてヒノキ信仰の話の続きだ。この桧を着色、または塗装を施そうとすると大工さんをはじめ年季の入った職人さんたちは一様に表情を曇らせる。いわく、「もったいない」、「桧は塗るものではない」、果ては「桧を塗る馬鹿ーいないよっ!」。なぜか江戸っ子のようになってしまい、ついに馬鹿者扱いされるに至る。ヒノキというと特別扱いを受けるのはなぜか。なぜ、このように盲目的なのか。
<高価な無節材>
また、これにさらにややこしい話が続く。「無節信仰」というやつである。ここからは半分私の独断であり一般論ではない。まず桧の持つ特性として木理が非常に素直で粘り強いが、決して硬い材料ではない。加工はしやすいし、道具を傷めることも少ない。油成分が強いため、塗料の乗りは悪いが、よく手入れされた鉋(かんな)で削ると桜色をした肌が実に艶やかで色っぽくさえある。つまり、大工さんの腕の見せ所として打ってつけという側面を持つ。無節材が良材として市場を席巻したのはこのような背景があるはずで、単に見た目がきれいという理由だけで単価が跳ね上がってしまったのではない。無節材は大工さんに好かれたのである。そこへ市場原理が働いたのである。まるで木材を扱う商人が不当に利益を上げようとしたの如く言う人がいるけれど、それは短絡というものである。節のある材料を仕上げ材として多く流通させることは大変意義のあることだが、私はちょっと考え方が違うと思うのである。
この「節」のついて、故法隆寺大工の西岡常一棟梁が言及しているので紹介しよう。
「この頃は無地を、節のない木を尊びますけど、節のある木のほうがやっぱり耐用年数長いです。節のない木は耐用年数が短いです。節のないように作った木やからな。人間が功利的に考えてしたことはみなあかんということです。自然のままの木をなぜよしとしなのでしょう。そこに学問がいきませんのや、今の建築学という学問はね。様式論で終わっているわけです。飛鳥様式、白鳳様式、天平様式・・・、様式論で終わってしまって材質に学問が及びません。まちがってますな。化学万能でなしに、も少し人間の直感というものを尊重してもらいたい、思うな。コンピューターより人間の天与の知恵のカンピューターがよろしいわ。」親父ギャグも国宝級である。 amazonで本を検索
日本書紀の中でも「神殿は桧で建てよ」いわれているように、その建築材料としての性能もさることながら、日本国内で豊富に育つ桧。桧というと伊勢神宮の式年遷宮(しきねんせんぐう)を思い出す人も多いだろう。東西の同じ広さの敷地内に同じ形の社殿を20年ごとに造り替えている。同じものを繰り返し作り続けることによって永遠性を得ているといってよい。1300年の歴史をもつ法隆寺とは対照的だ。御大喪、即位式以来この国はやはり神道に支配しているのが再認識されたわけだが、精神的な存在としての桧はこの辺にルーツがありそうだ。
もう少し、建築的な見解を記しておくと、飛鳥時代以前にヒノキが建築に使われた理由は、その時代では刃物が十分に発達しておらず、立木を刈って建築の用材を作り出すことは容易ではなかったが、その中にあってヒノキは硬さが中庸で木目が直通であり、割りやすく、柱をとるのも板をとるのも苦労は少なかった。太古においては楔(くさび)を打ち込んで割って製材していたのだ。しかもヒノキは耐久力が強いので、掘建て柱として土中に埋めても、なかなか腐らない。これが太古の時代にヒノキが建築材として選ばれた理由である。精神的な肉付けはずっと後世の奈良時代末期で、刃物の切れ味が進歩してヒノキの木肌の美しさが再認識され白木の仏像彫刻が出現したあたりからである。さらに製材の道具として縦挽きノコと台鉋が使われだしたのが、ずっと後の室町時代だ。