接合部の特殊金物、高精度プレカット集成材、応力解析構造計算
構造部材は、先に述べたように集成材。よく乾燥させ、含水率を10%にまで落としてから、高精度プレカットラインで正確に加工するため、部材寸法や孔あけの精度は非常によい。これが安定した品質をもたらし、構造計算を可能にしている。
次に接合部。すべての接合部には、独自に開発されたSE金物が用いられている。
それからの展開は、驚くほど早かった。96年12月、セブン工業と日商岩井が共同出資して、SE構法の普及を目的に(株)エヌ・シー・エヌを設立。
では、エヌ・シー・エヌの役割とはなにか。ひとことでいえば、同社とSE構法施工契約を締結した工務店、ビルダーに、プレカット工場で加工した資材を供給するとともに、設計段階から構造計算を行い、住宅の性能も保証する、ということである。
耐震性能が高く、かつデザイン的に美しく
構造設計の専門家として、これまで数々の超高層ビルや大規模ドームを手がけてきた播繁(ばんしげる)さんがSE構法に取り組むきっかけとなったのは、1995年1月17日に起こった阪神淡路大震災だった。
震災による死者は5500人を超えたが、死因の89%は家の下敷きになったための圧死である。
播さんは、大型建造物をつくるときによく用いる大断面集成材に着目し、木の感性と日本的な木組みを生かした、耐震性の高い住宅ができないかと考えはじめる。
「なぜ集成材かというと、性能が明確で、構造計算のできる材料だから。」
最大の課題は、木組みの接合部を構造的に、施工的にどう単純化し、かつデザイン的に美しく見せるかにあった、と播さんは当時を振り返る。できあがると全く分からないが、楔(くさび)の原理を応用し、ドリフトピンを打ち込むことにより、柱が引き寄せられる仕組みだ。
この接合法は、1997年に建築基準法第38条の一般認定を取得した。接合部の実験をさらに重ねることにより、構造計算体系を確立し、CAD−CAMシステムと連動して、精度が高く、自由度の高い木質フレームシステムとして実用化している。
阪神淡路大震災で、木造住宅を見直す
エヌ・シー・エヌの設立から、もう5年。
「住宅の品質確保促進法」の制定をはじめ、住宅業界は変革期を迎えている。SE構法を取り巻く状況は、どう変わってきたのだろう。同社と施工契約を締結した工務店、ビルダーは、すでに300社以上。SE構法により建てられた家は、全国に1500棟を超える。
もともと日本人は木という素材を好み、とくに住まいのなかでは、柱、鴨居、障子などのかたちで木がつねに見えていないと、なんとなく気持ちが落ち着かないという人は少なくない。SE構法の家が各地に広がっている背景には、そんな日本人の心に触れるものを、同構法がもっていたからにほかならない。
「この構法の最大の長所は、木造でありながら、鉄骨造やRC造とほとんど変わらない構造計算を取り入れているっていうこと。だから、性能もきちんと把握できる。在来工法と比べると、坪単価は多少高くなるけど、そういう保証があることを考えると、コスト勝負をする必要はないと思うんです。
新しい時代にふさわしい魅力ある「木の家」を
すぎやま・つねお
1932年生。岐阜県出身。父の経営する丸七製材に就職。76年独立、84年セブン工業社長に就任。96年エヌ・シー・エヌ社長に。日本集成材工業協同組合理事長。
設計の基本コンセプトは、自然のゆたかさ、山々の峰、木の香り、カラマツの林といった長野のイメージと、21世紀に向けて日本が世界にアピールしうるテクノロジーを表現する象徴的なものであること。最大の特徴は木とスチールをハイブリッドした半剛性の吊り構造。天井のダイナミックな曲線はここで行われるスピードスケート競技にふさわしい。
長野オリンピックのエムウェーブ
その矢先、冬季オリンピックの開催地が長野に決定する。そして、晴れの舞台となる記念アリーナ/エムウェーブの構造設計を播さんが担当することになった。
「このとき、信州カラマツを集成材にして使うことが決まってね。集成材メーカーのセブン工業にお願いして、専用の加工ラインをつくっていただきました。で、エムウェーブの完成パーティーの席でセブン工業の杉山社長と出会い、次は住宅にこれを利用できないだろうか、と。」
長野オリンピックを契機にSE構法が実用化の道を
出雲ドーム
フジテレビ本社ピル
長野オリンピックアリーナ
ヨーロッパには20世紀初めの大型木造建築物が残っている
そもそも接着剤を使って集成するという今日の集成材は、1893年にドイツ人のオットー・ヘッツェルが考え出したといわれる。20世紀に入ると、ヨーロッパを中心にこの「新しい木材」を用いて数多くの建物がつくられた。たとえば、1927年に建てられたデンマークのコペンハーゲン中央駅。いまも竣工時そのままに優美な曲線を描く大型の木製アーチは、地元の人たちの誇りともなっている。
とくに北方ヨーロッパには、現在も駅舎や教会をはじめ、多くの大型木造建造物が残る。
日本では第二次世界大戦後、アメリカの技術導入により使われるようになったが、「廃材の寄せ集め」といって敬遠する人も多く、なかなか普及しなかったらしい。需要が増大したのは、1980年ごろから。87年には集成材の構造耐力性能や防火性能などが認められ、構造用大断面を用いた大型木造建築物の規制が緩和された。
コバヤシ建築では「近くの山の木で家をつくる運動」を全面的に支援します
国産材によるSE構法の実現を望みます
また、家族のライフサイクルの変化への対応という点でも、SE構法には大きな利点がある。大きな空間を先につくつておき、子どもの数が増えれば間仕切りを入れて新たに部屋をつくる。子どもが成長して独立したら、元に戻す。そうやって長く住みつづけられる家が、本当にいい家と呼ぶのにふさわしいのではないか。この構法を用いることで、そんな家づくりがぐんと容易になった。
「人間にとっていいだけじやなくて、地球にもいいと思うんです。木って環境にやさしいでしょう。CO2をストックしてくれるとか、いろいろな長所があるけれど、もうひとつは持続可能な材料だということ。もともと木というのは自然界に存在していたものだし、50年くらいのサイクルで植えたり伐ったりを繰り返すことで、長く利用しつづけることができる。そういうことも、いまの時代には大切になってきているんじゃないでしょうか」
発売元:有限会社風土社
発売日:2001年11月28日
体裁 :A4変形 本文128ページ
定価 :1,600円(税込)
本文の多くを「チルチンびと別 冊 SE構法による新しいかたちの木の家」から引用しました。詳しくは書籍を購読願います。SE構法のサンプルが美しい写真でご覧いただけます。
こうした仕組みを実現しえた背景には、コンピュータ制御のプレカットの精度が近年、驚異的に向上したことがある。そして、それらのさまざまな工夫を総合した結果、構造体を完全に明瞭なかたちで構造計算にのせることができ、建築家や顧客の要求に応じて、耐震性の度合いを選択することも不可能でなくなるわけだ。
「なぜこういうシステムにしたかというと、接合部それ自体がある程度の剛性をもっていて、しかも耐力壁の性能がよければ、たとえ大きな地震がきたとしてもその衝撃をやわらかく受けとめてくれる。つまり、被害がある程度は抑えられるんですね。これが、ほしかった」
衝撃をふわっと緩衝しながら受けとめる機構をもつているのが鉄骨造である。SE構法により、その仕組みが木造でも可能になったといっていいのではないだろうか。
「だから、ぼくはこれを木骨構造って呼んでるわけ。木でありながら、鉄骨に負けない強さをもった家、ということでね」 播さんが、にっこり笑ってこういった。
- おもな構造設計作品
- ・赤坂プリンスホテル新館(83/設計・丹下健三)
- ・国技館(85/設計・鹿島建設十杉山 隆)、
・あきたスカイドーム(90/設計・鹿島建設)
- ・出雲ドーム(92/設計・鹿島デザイン
- ・長野オリンピック記念アリーナ(96/設計・久米・鹿島・奥村・日産・飯島・高木JV)
- ・フジテレビ本社ビル(96/設計・丹下健三)
- ・西部ドーム(99/鹿島デザイン)
播繁 ばん・しげる
1938年生。福岡県出身。
63年に鹿島建設(当時)入社、構造設計部長をへて98年播設計室設立。
開発者・播繁さんが語るSE構法誕生の裏事情
全く新しい木造建築物の技術システムです
SE構法とは阪神淡路大震災の反省から生まれた